カブ・デザイン
プロデューサー/代表取締役 齋藤善子
デザイナー/足立道具店 店主 市橋樹人

足立区西新井駅からしばらく歩くと、住宅地の中に突如工場があらわれます。
カブ・デザインの事務所は金属加工を手掛ける町工場「福澤製作所」の2階。
入り口は工場と一緒なので、まさにものづくりの現場でデザインをしているということが伺えます。
工場の一角に事務所を構えるということこそが、カブ・デザインの全てを物語っているような気がしますが、何かきっかけになるようなことはあったのでしょうか?

齋藤さん(以下齋藤)
生まれは佐賀の唐津という焼き物の産地で、中学に入るまで暮らしていました。
家の近所には当たり前のように窯元があって、灰を届けに行くなど日常に職人さんとのコミュニケーションがあったんですよね。
カブ・デザインのスタンスがどこか土臭いのは、その影響もあるのかなって思います。
デザイナーになった後も、設計の人や製造現場の人と密にコミュニケーションをとることが当たり前だったし、福澤製作所の2階に事務所を構えさせてもらっているのは、自然なことでした。

そんな齋藤さんは大学を卒業後、いくつかのデザイン事務所を経験して気が付いたことがあったそうです。

齋藤
クライアントのデザインワークは、デザインの成果物を納品して完了することが多く、クライアントさんは喜んでくれたけれど、暮らしの中で実際に使ってくれる人に喜んでもらえているのか、
本当の所がわからなかったんです。そういった疑問もあり、デザインした商品・製品が“プロダクトブランド”にしっかりなるように、『愛情をもって育ていくものづくりをしたい』という想いが強くなりました。
カブ・デザイン15年目の今、いろんな方に携わってもらいながらそのことが実現してきたことを感じています。
私たちデザイン事務所自身がプロダクトブランドを運営することで、さらにクライアントワークに対しても、よい影響がうまれていると感じています。

日々のおいしいに寄りそう器。ークドー
簡素さと丈夫さを追求した『道具』。ー足立道具店ー

2018年にデザイナーの市橋さんと、会計・出荷を担当するメンバーが入社し、2つのプロダクトブランド「クド」と「足立道具店」の運営を本格的に開始。2020年からは地域ブランドでもある「足立道具店」の店主を市橋さんが務めるなど、力をいれてきたそうですね。
プロダクトブランドを自社で運営していく中で、どういった気づきがありましたか?

市橋さん(以下市橋)
自分たちでブランドを運営するということは、売上をシビアに体験することにもなります。
例えば、「クド」の当初のターゲットは男性でした。でもクラウドファンディングやメディアに取り上げられてからの反応で、どうやら女性の支持が大きいぞ?となって。そこからは発信の仕方を女性向けに、レシピの提案をするなど方向転換していきました。
だからこそ、ブランドを育てていくことができたんです。
製品化することが目的ではなく、お客さんに届けて喜んでもらうという所がゴールなので、時には瞬時に方向転換する柔軟さも必要です。

そういった経験から、最近はブランドの発信や育成に力を入れているとお聞きしました。事務所にも発信に関する本が沢山並んでいますね。

齋藤
はい。私たちが手掛ける「足立道具店」は、“簡素で丈夫”ということを目指しているので、パッと見ただけでは良さが分かりにくい部分もあるんです。
だから“伝える力”が欠けているとすごく勿体のないことだなと感じるので、日々勉強しながら“伝え方”を向上させています。
「足立道具店」は、工場の技術の高さ、素材の特性、開発した人の想いをきちんと理解してモノに反映しています。運営している2つのプロダクトブランドは、それぞれのターゲットに合わせた発信の仕方でブランドを育てています。

市橋
最近は「足立道具店」のSNSや展示会などを通した発信の場所を少しずつ増やしているのですが、プロダクトを通して小さな連携が発生しているのが面白いです。
出展した展示会でアテンドしていると『こんなのできたりしない?』とか『こんなのつくっているんだけど』っていう相談があったりして、プロダクトが営業してくれるというか(笑)。

齋藤
私たちのモノづくりの本質が伝わっていると感じはじめているので、よりいっそう発信に力をかけていきたいですね。
そうすることでブランドが育ち、長く続けることができると信じています。
まだまだ人が足りていない部分があるので、モノづくりや伝えることが好き、という人が今後カブ・デザインの仲間になってくれたら嬉しいです。

自社ブランドの育成に力を入れることで、より深い視座を持ってデザインに取り組めるようになり、クライアントさんのデザインワークにも良い影響を与えていると齋藤さんは言います。一方で市橋さんにとってデザインとは、なんでしょうか??

市橋
デザインには、意図があると思うんです。意図というのは、何がやりたいのか、何のためにやるのか、使った人にどうなって欲しいのか、などといったこと。

クライアントさんの自社ブランドの立ち上げに携わるときは、まずはたくさんお話をして、意図を聞き出してからはじめます。そこで本気度も伝わるし、むしろそれさえ聞ければ、自然とデザインが決まっていくことも多いんです。

対話を通じて気が付いた沢山の芽が、そのあとのデザインに大きくかかわっているんですね。
市橋さんはカブ・デザインのどんな所に共感しているんでしょうか?

市橋
やっぱり使ってくれる人の暮らしを豊かにし、楽しくするという部分を一番大切にしていることでしょうかね。
また、カブ・デザイン自体は現在3名体制のデザイン事務所ですが、協力してくれる工場やクリエイターの方など協力してくれている人が沢山いるので、チームが幸せになっているかということを常に意識しているところ。
その根っこの想いが一緒なので、居心地が良いですね。

齋藤さんと市橋さんは会社の上司部下関係だと思うのですが、良い意味で、全くそれを感じさせないですよね(笑)。

齋藤
私は社内でも社外でも、フラットな関係でいたいというのがあるんです。商品・製品の開発は“チーム”が大事だと思うから一方的に引っ張っていくというよりは、相手からも前のめりに意見が出たほうが、モノに熱がこもるんですよね。結局それが人に伝わるので、できるだけそういう環境づくりができるようにしています。

デザイン開発スキーム

自社ブランドを運営していく一方で、クライアントワークのデザイン開発では、モノの設計や、見た目だけの部分がデザインだと勘違いしている人に沢山出会ってきたそう。「デザイン」という言葉に齟齬がおきないよう、わかりやすく言語化したのが、4フェーズ・16プロセス という開発スキームなんですよね。

市橋
はい。デザインという言葉に対する認識が人それぞれ違うので、クライアントさんと共通認識を持つためにも、この開発スキームを説明することからはじまります。
そのうえで、まずはクライアントさんへのヒアリングから始まるんです。やりたいことや想い、できることなど、たくさん対話しながら引き出します。全体の70%がこの「計画」にかかっていると言っても過言ではありません。
そこから市場のリサーチをして、ようやく開発に入ります。開発が終わったらおしまいではなくて、今度は販売して届けるところまでをやらないと意味がない。それも一過性ではなくて、長く続けられるようにしていかなければならないんですよね。そういった一つ一つのプロセス全てが“デザイン”なんです。

この開発スキームをもって、今後カブ・デザインはどのようなことに挑戦していくのでしょうか?

齋藤
2つのブランド運営で培ったノウハウを活かして、自社商品開発に取り組みたいと思っている会社さんの商品開発に“デザイン”の視点で伴走していくことにより力を入れたいと思っています。
さらに、実際に販売する店舗をもつことも目標の一つです。お客さんからのよりリアルな声を聞けることで、商品に反映していくことができるのではと思っていますし、クライアントさんと一緒に実感を伴いながら成長を目指すパートナーとしてあり続けたいと思っています。

デザインを通して、個人も企業もつながる、そして成長していくプラットフォームのような会社であり続けたいと齋藤さんは言います。
工場の一角でデザインをするお二人の姿を見て、机上ではなく「現場」やチームの「人」などの実に人間味あふれた所に、良いデザインは生まれるものなのだろうと感じます。
カブ・デザインの「想い」に共感した人は是非『こんなのどう?』という小さな芽でも良いので、気軽に相談していただけたらと思います。

インタビュー・ライティング・撮影( 1,4 5,6 8, 枚目)きさらちさと